イシスの息吹

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サバトから沖縄へ 11

ここまで書いてきて、

こんな事を言い始める事に 戸惑いを一番覚えているのは、
我欲の強い私だと思う。
だからこそ、徹底的なエゴのワークを自らにも課しているのに。
それに、説教臭いのが何よりも嫌い。
 
 
まさか、こんな事になるとは・・・
もしも、ここに来ると分かっていたのならば、
沖縄には行かなかったかもしれない。
こんな私ですら使わなければならないほどに、
切迫した事態だとも言える。
もっともっと、真摯に地球の事を考えてきた人たちに申し訳ない・・・
 
 
地球のリズムとともに暮らしてきた地域の人たちは、
恐らく、この状況を把握し、
ご自分たちのやり方で、すでに対処なさっている。
しかし、リズムに無頓着な先進国こそが、
そのリズムを疲弊させている。
 
リズムを感じるか、感じられないかの違いはなにか?
 
 
それは、神を「人」としてみるか、
「自然」として見るか、
の違いの様に思う。
 
 
南フランスに行った時に、
カトリックの教会の地下に地母神を祭る祭壇がひっそりと残っているのを見た。
 
上に建てられている荘厳な建物以上に、
その地母神は大元に繋がる力がある。
 
しかし、人間の様々な権力やお金、名誉を巡る思惑により、
その大元に繋がる入り口が、人間の作った神の姿で多い隠されている。
また、「大元を権力から守る為。」に覆い隠されたものもあるだろう。
 
人間の作った神を見ている限り、
大地のリズムを感じる事は難しいだろう。
地球の鼓動を感じる事は難しいだろう。
宇宙の流れ、
太陽系のエネルギー、
そして、さらに続いて行く神秘的な世界。 
 
自分がその一部だと認識する事によってはじめて同調が始まるからだ。