イシスの息吹

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トウキョウ 死者の書 7

 
小さな頃、私は祖母と一緒に寝ていました。
 
夜ふと目を覚ますと、
 
祖母が死ぬことを思い悲しくなって涙を流しながら、
 
祖母が息していることを確かめたことを思い出します。
 
小さい頃、どうしてあんなに祖母の死が訪れる事が悲しかったのか、
 
どうしても思い出すことはできません。
 
祖父母の死の時も、
 
期せずして立会い、
 
小さい頃のような感情が湧いてきたかと言えば、
 
ものすごく悲しかったけれど、
 
どこかで受け入れていた感じがあります。
 
いつの頃からか、
 
「死」
 
は、私にとって終わりではなく在り様の変化になっていいました。
 
それは、
 
死の間際にヒーリングをさせていただく機会を頂いたことも大きいようにも思います。
 
 
 
 
あちらへの準備が整うと、
 
上が開き光が降りてくるのです。
 
言い換えれば、ご本人のエネルギーシステムが、
 
肉体のパーセンテージが徐々に少なくなり、
 
精妙なエネルギー体のパーセンテージが上がってくるのです。
 
このタイミングは、人によって様々ですが、
 
このエネルギーに委ねることができれば、
 
移行はとてもスムーズにすすむように思います。
 
よく、脳の機能によって見える幻覚だ。
 
というような話を聞きますが、
 
おっしゃる通り、
 
脳にはエネルギーの変換装置があるように思います。
 
 
 
エネルギーの拮抗によって痛みが生まれ不快感が増しますから、
 
このあたりで「死」への抵抗や恐怖感を手放し、
 
エネルギーに委ねていくことは、
 
その死という門をくぐったあとに、どの様な選択をするかにも関係し、
 
とても大切なことですし、
 
毎日少しづつ、死への移行に向かっている私たちが、
 
認識し、受け入れていけるような環境も必要に思います。
 
 
オーラルヒストリーを学んだ娘が姪に送った本。
 
『死について』原書房 スタッズ・ターケル著 
 
 
   


63人の様々な年齢や職業の方々が死について語っています。
 
 
 
 
その中の外科医の方の言葉。
 
 
「生と死は一本の線ではっきりと分かれているのではなく、
 
しだいに混ざり合ってくるんですよ」
 
 
とても、素敵なキーワードです。