折りたたまれたもう1つの自分
次回の 「地に足をつけ直す」
「医療従事者エーテル体クラス」は、8月10日(土)開催です。
父の存命中は父を中心の家族でしたが、
今は、母が中心。
ここ数年は、毎年母のお供でゴールドコーストに滞在します。
毎朝、夜明け前にベランダに出て
漆黒の闇の中から薄ぼんやりと地平線が薄紅に染まっていく様子をながめます。
昨日は三日月と星の瞬きからあっという間に色彩が生まれました。
この色にも濃淡があり、
雲や大気の状態によって、一瞬たりとも同じ景色、同じ色を見ることはできません。
その一瞬一瞬に意識を向けていれば、
日常の感情のループに陥ることはないでしょう。
母に教えた瞑想も、
この自然の力によって順調に馴染んでいます。
一日中美しい海を目の前に生活していると、
呼吸をすることの心地よさ、
波のリズムと同調する身体のシステムなど、
果てしない自然の流れが「自分」という枠組みを取り払っていきます。
明け方は、いつもは届かない領域に目が向きます。
もう何十年も忘れていた子どもの頃の出来事を想い出し、
ほんの小さなその出来事が発端になって
それが私の癖になり、
身体のパターンや硬結を作り上げていったのだと思うと、
無意識に日々を過ごすことは、
物凄く大きな「何か」を生み出してしまうのだと改めて感じます。
しっとりとした暗闇の中で明かりを1つだけつけて
私は、この長い年月に向き合います。
全面的に自分の世界を信じていた子どもは、
また、全面的に自分の世界を信じている他者と関わりを持つことにより、
全面的に信じていた世界を折りたたんで行かなければならない事を知っていきます。
やがて折りたたんでいる事にすら気づかなくなり、
全面的に信じていた自分の世界があったことすら忘れてしまいます。
では、折りたたむ事をせずに、
全面的に自分の世界を信じられたままだったらよかったのかなぁ…
と思えば、それはそれで社会の中で上手く機能できないだろうなぁ。
などと、つらつら考え、
もしかすると、この「折りたむ」と「開く」
という事を繰り返すことによって、
存在としての筋肉をつけて行く作業をしているのかもしれないとも思います。
人生の後半戦に入り、そろそろエネルギーの無駄遣いもしたくない年齢なので、
折り畳んできたものを開き、
折りたたむために使ってきたエネルギーを更に還元しようと思うのです。
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次回は、8月10日(土)阿佐ヶ谷にて
午前中10時〜は「医療従事者エーテル体クラス」
夕方16時〜18時は、小用先生による「地に足をつけ直す」クラスを開催します。
お申し込みは、
ky.yamamoto(☆)nifty.ne.jp
((☆)を@に変えて下さい)
まで、お願いいたします。
会場 : 阿佐ヶ谷 杉並区 産業商工会館
https://www.city.suginami.tokyo.jp/shisetsu/sangyo/shoko/1007450.html