光の網
山本ユキHP エネルギーの学校(私のHP)
(マニアックな記事はこちらに更新中 YEメソッドせずして見るべからず)
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みなさま、ごきげんよう。
ここ暫く仮説を立てて実験し続けている話をしようと思います。
これ以外のことを書こうとしても止められるのでw。
小さい頃、変わった子であったことは、
以前にもお話ししたと思いますが、
その頃に見ていたものは、
よく「見える」人が見ているような、
妖精でも霊でもオーラでもなく、
「光の網の目」
と
「目を閉じると見つめ返してくるひとつ目」
の二つでした。
ですから、目を開けていても目を閉じていても、
何はなくても私には非常に興味深い鑑賞物があるのですから、
他のこと(食べ物、動物、遊び、友達、テレビ、勉強etc)には
全く興味が持てませんでした。
世の中で一番美しく無限で状況により変化して行く網の目は、
どんなに親しい人より正直にその状況を教えてくれるし、
目を閉じると見返してくる目は、
どんなに隠そうと思っても、私を見続けているからです。
しかし、その状態は頭の中を空っぽにしてリラックスしている事が条件です。
幼稚園はまだしも、小学校に通う子どもに
宙を見つめたり目を閉じている事が許されるはずもなく、
母は何回となく学校から呼び出され精神疾患を疑われました。
しかし、家にいれば自分の部屋の窓から空を見続ける事ができるので、
学校が始まることを予測させるサザエさんと4月の空気の香りは、
今でも自分のいる場所から駆り立てられる感じがして好きではありません。
小学生だった私が唯一好きだった日常生活は、
夕飯の支度の少し前になると陽が傾いてきたオレンジ色の部屋で、
母が私と妹を脇に座らせて聞かせてくれた創作の物語です。
常に何らかの教えを落とし所とする絵本に興味のなかった私も、
妹と私を主人公にした母の冒険物語はどこに向かって行くのか、
いつ終わるのかわからない無限への扉が開かれるようで、
本当にワクワクしながら陽の傾く時間を楽しみにしたものです。
学校に行けば「一般的な人が感じる自分という枠組み」と、
「私が感じている自分という枠組み」が
今にして思えば違う周波数の領域であり、
一般生活は非常に窮屈で息ができないと感じていました。
今だったら病名がついて投薬されかねませんし、
今病名がついているお子さまも周波数の領域の問題かもしれませんね。
しかし、一般社会で生活していくことは
頭の中を空っぽにしていては難しく、
5年生の時についに一般社会に戻るタイミングがきて、
私の頭の中には様々な思考や感情が溢れ始めました。
それでも、たまにぼーっとする時間ができると、
当たり前のように光の網の目を見つめている自分に気づきます。
それは太陽の光が見えるように当たり前に目視できるものなので、
他の人にも見えていることを疑ったことはありませんでした。
思春期には鋼鉄の鎧を作り上げ、
「効率よく生きる」
「誰にも負けない」
事が人生の第一プライオリティになり、
目標を作っては最短距離で到達することを楽しんでいましたが、
30歳の時、原因不明の頭痛に襲われ、
西洋医学ではどうにもならず、
「負け組の領域」
と思っていたスピリチュアルな世界に足を踏み入れてしまいました。
頭痛は催眠療法でよくなったものの
なぜあれ程までに辛く治らなかったものが良くなったかシステムを知りたくなり、
催眠療法を習いました。
例に漏れず、スピリチュアルな人たちは話している内容も、
「あなたが隣に座ると緊張が移ってくるわ」
とか
「天使が」
とか
「何とかのエッセンスが」
とか
小さな石がすごいパワーでクラクラする
(お前はそんな小さな石にやられてしまうほど小さな存在なのか!
と心の中で叫びました)
とか
どうでも良い話のオンパレードで辟易しましたが、
(今でもその手の話は辟易します)
ふと、その中でも知的そうなアシスタントをしていた女性に、
こっそりと
「目を閉じると見返してくる目があるのですが・・」
と打ち明けると、
「精神疾患ですから病院に行ってください」(バッサリ)
と言われ、
『あぁ、こんな負け組の集団の中でもそういう位置なのね』
と思い知り、
光の網の目の事も目を閉じると見返してくる目の事も、
誰かに話すことはなくなりましたが、
唯一信頼していたヒーリングの師に打ち明けた所、
「あー、山本さんは第3の目の壁が薄いからね」
との見解。
なるほど壁が薄いとこうしたものが見えるのか
と何となく納得しそこに注目することはありませんでした。
しかし、ヒマラヤに行くようになり、
ぼーっとする時間が増えるようになると、
光の網の目も目を閉じると見返してくる目も
当たり前に目視できる生活が戻ってきます。
それは、生きているのです。