愛と恐れと中庸 その1
NESシステムで、面白いなぁと思うのがマインドの所。
ネガティブな感情は良くない事は誰でもわかるけれども、
ポジティブな感情にも反応が出てくるのです。
そういわれてみれば、愛に溢れていれば「愛!」を強調しないし、
慈愛に溢れていれば「慈愛!」と声高に主張しない。
だって、それはあたり前にそこにあるものなのですからね。
ポジティブに偏りすぎても、ネガティブに偏りすぎても、
それはエネルギーのロスになる。
「中庸」でいる事の大切さが最先端のシステムで証明されている事が面白いのです。
私たちの感情は、エネルギーフィールドの中に情報のパッケージとして残っている。
という捉え方があります。
そして、何か自分にとっての脅威を感じる事象が起こると、潜在意識は瞬時にそれを観察し、直ちに過去のパッケージに類似したものを見つけ、その時に獲得した反応をおこします。顕在意識が関与しないうちにこれは行われます。通常私たちはこの事に気づきもしません。
例えば、昔、誰かに言われた一言で傷つきその事象のパッケージがエネルギーフィールドの中に出来ると、同じようなシチュエーション、相手、言葉を瞬時にキャッチし、ある一定の反応が起こります。
だから、なぜか嫌いな場所、なぜか苦手な人、嫌いな言葉、振り返ってみると、色々出てくると思います。
ポジティブなものでも同じように反応します。
小さい頃、こういう事を考えなさい、しなさい、そうすると「良い子」と言われます。それに無意識に反応してしまう私たちは、「良い子」であるために意識化では非常に沢山のエネルギーを消耗しています。
反応する度に、身体の中では様々な反応が起こるのです。
そして、この無意識の部分に相当量のエネルギーをつぎ込んでいる事に気づくと、
またまた「もったいない・・・」と深く思うのです。