瞑想仲間
ここの所、朝瞑想をしていると、
ベランダづたいに隣のうちから10歳の甥っ子がやってきて、
黙って一緒に座っている。
透明感のある力強いエネルギーは、
甥っ子の持つこれからの可能性が集約されている。
難しい大人の本も読みこなし、
一度見たものは記憶し、
歴史にも精通している子なので、
「この本を読むといい。」
というと、その日のうちに取りかかる。
面白い傾向性があり、
「存在」
とのやり取りが始まっていないと、
落ち着かず、
存在が介在しだすと、途端にしっかり坐れるようになる。
この子に取っての「門」は、
この存在の波動になるのだろうか?
この存在が、門の向こう側へと導くガイドとなるのだろうか。
終了する時に、
「今どこにいる?」
と、聞くと、
「大きな所にいる。」
とてもいい。
この年でこちらが合図を出すまで集中出来るのは凄い事だと思う。
昨今の憲法改正についても疑問を感じ、
シンポジウムにも参加。
こういう子が増えて行くといいなあ。