イシスの息吹

since 2014-06-27 / Copyright 2014. 山本ユキAll Rights Reserved. ブログ・イシスの息吹及び裏・イシスの息吹の内容を許可なく転載・転用することを禁じます ブログのリンクはその限りではありません

インドのリトリート13

最終日に近づき、自分が肉体をもった存在である認識よりも、

自分がその肉体を超えたエネルギー体であるという感覚のほうのパーセンテージのほうが増している。

しかし、その様な状態にありながらも、

どこかから、得体のしれない焦燥感や無力感がこみ上げてくる。

それはどこから来るものなのか。

あと数日でリトリートが終わってしまうことなのか。

果てしないものに対する自分の無力感なのか。

ずっと、求めていたことがここまでなのか。

(と言っても素晴らしい体験を沢山したのだが、私の中では「何か」が欠けているように感じた。)

どこかで絶望にも似た何かを味わっていた。

本当は、素晴らしい体験は、まるで北京のビルのように表面的なきらびやかさで、

でも、本質には辿り着いていない事にもどこかで気づいていた。

そのことに一番絶望していたのだ。

その時も、恩寵の充ち溢れる中、

いつものようにステートオブプレゼンスの結晶化を意識し、

そこに寛いで身体の感覚が無くなっていた。

しかし、圧倒的な絶望感の前に

リトリートに対する期待も無くなっていた。

突然、予測の出来ない事が起きた。

(そう、私の求めていたのは「予想外」の事なのだ。)

まるでスペースシャトルが発射したかのような爆発と衝撃と共に、

自分がどこにいるかわからなくなる。

その状態は、それからずっと言葉を探しているけれども、

たとえる言葉が見つからない。

ただ、言えることは味わったとこのない世界。

言葉でどうしても説明できない世界。

だって、「何もない。」のだから。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校